がんと向き合った人たちから、心に残る本をご紹介いただきます
早川史哉さん(プロサッカー選手)の一冊
『本日は、お日柄もよく』原田マハ
言葉の選び方ひとつで
相手に想いが伝わるだけでなく
自分の気持ちが前向きになることを実感した
相手に届く言葉は、自分の経験の中でしか紡ぎ出せない
がんの治療で入院しているときに、面会に来てくださった吉田達磨さん(当時アルビレックス新潟監督、現シンガポール代表監督)が、「俺が読んで面白かったから」と言って差し入れてくれた本の中の一冊が『本日は、お日柄もよく』(原田マハ著 徳間文庫/徳間書店)でした。
この本は、一人のOLが伝説のスピーチライターとの出会いにより、自身もスピーチライターとして活躍するようになるまでの物語です。一人の女性の成長とともに、人の心を動かすスピーチとは何か、ということが本全体を通して描かれています。
スピーチをするときや、いろんな人に自分の想いを伝えたいとき、「相手に届く言葉は、自分の経験の中でしか紡ぎ出せない」ということを、この本を読んで感じました。現状を見つめながら、実際に感じたことを言葉にすることでしか自分の声を届けることはできない。かっこいいことを言いたい、自分をよく見せたいという想いも自分の中にはあるのですが、ありのまま、包み隠さず、誠実に伝えることではじめてその言葉が相手に届くのではないかと思いました。ちょうど、病気を公表するための文章を考えていたころでしたし、ほかにも文章を書く機会をいただいていたので、自分自身の言葉を選ぶうえで非常に重要な本になったと感じています。
早川史哉さん
*以下はその当時、早川選手が『本日は、お日柄もよく』を読み「相手に届く言葉」を探して記したコメントです。
2016年6月13日 アルビレックス新潟公式サイトにおける「早川史哉選手コメント」
いつも応援してくださりありがとうございます。
サポーターの皆さんから受ける応援は幼い頃から夢見ていたもの以上であり、いつも自信や力を与えてくれました。だからこそもう一度、みなさんに元気な姿をお見せできるように病気と闘います。厳しい闘病生活になると思いますが、病気と闘う姿勢や復帰を目指す歩み方を通じて、同じ病気や様々な病気と闘っている人、多くの人に勇気や希望を与えることができればと感じています。
華やかじゃないけど自分らしく地道にコツコツと。
もう一度大好きなクラブ、アルビレックス新潟に戻ってこられるように頑張ります!
2016年9月23日 アルビレックス新潟公式サイトにおける「早川史哉選手からのメッセージ」
アルビレックス新潟サポーターの皆さん、ご支援をいただいたすべての皆様へ
状況経過の連絡が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。僕は現在、急性白血病からの寛解を目指した抗がん剤の治療中です。治療期間中には副作用の影響で辛いことが多々あり、無気力になることもありますが、何とか元気に過ごすことができています。
白血病であることを公表して、3ヶ月が経過しています。その間 Jリーグチームをはじめとする多くのサッカーチームからの支援、また各クラブチームサポーターの方々やサッカーに関わりの少ない方々からも、たくさんの手紙やメール、段幕、千羽鶴などをいただき、皆様からの温かい支援が白血病と闘っている自分にはとても大きな支え、チカラとなっています。本当にありがとうございます。
そしてアルビレックス新潟から復帰のサポートをしていただけること、チームメイトからの励ましにも感謝しています。公表後に新潟のサポーターの方々が試合の際に出してくれた28番のビッグフラッグや段幕、応援をテレビで見て涙が止まりませんでした。自分は決して一人で闘っているわけじゃないんだという思いと、何としても病気を治してまたサッカーがしたいという思いがわき起こってきました。
闘病中にいつも思っていることがあります。それはどんなに辛いことがあっても、常に前を向いて一日一日を過ごそうということです。辛い日があってもそれを乗り越えればきっといいことが待っていると信じています。アルビレックス新潟も残り5試合、決して楽な道のりではありません。僕はテレビでしか応援することができませんが、アルビレックス新潟と共に毎試合闘っています。
サポーターの皆さんも含めたアルビレックス新潟というチームの団結力、熱さを見せ絶対に勝ちましょう!!
We are ONE
ポジティブな言葉を選択していく習慣が、のちに自分の中の大きなパワーになる
相手に向かっての発言だけでなく、自分に向かって発する言葉の大切さも、闘病中にすごく感じました。
病室の閉鎖的な空間の中ではネガティブな気持ちに陥りがちで、自分自身を責めたり、現状を嘆いたりしたくなります。そうしたときに、自分が発する言葉がよりネガティブなものであったら、気持ちが落ち込んだままの状況がずっと続いてしまいます。そうならないように、現状をしっかりと受け止めながらも、自分の発する言葉で、自分自身の生き方も前向きに、ポジティブに捉えていくことが大切だと感じました。もちろん気持ちがネガティブなることもありましたが、闘病生活では自分自身と向き合う時間が長いからこそ、あえてポジティブな言葉を選んで使っていくことを僕は非常に大切にしてきたなぁと、今振り返ると思います。そして、自分の中でポジティブな言葉を選択していく習慣が、のちに自分自身の大きなパワーになると感じています。
入院を通して、アグレッシブな気持ちにさせてくれた『水滸伝』
もう一冊、自分の内側のパワーになったのが、『水滸伝』(北方謙三著 集英社)です。
入院中にSNSで「オススメの本を教えてください」と書き込んでみたところ、いろいろな本が集まったのですが、その中の一冊でした。1巻を読み始めてから全部で19巻(大水滸伝シリーズは全51巻)あることを知って驚いたのですが、腐敗した政府を倒そうと立ち上がった人たち一人ひとりを自分自身と重ねたりすることによって、最初から最後まで楽しく読めました。入院生活で落ち着いてしまった心を少し盛り上げるような存在だったのかな、と思います。最近では電子書籍で買い直して、遠征の移動中や、試合前の少し時間があるときに読み直しています。
読書による視点の変化が、治療において立ち向かう力になった
僕が本を読むようになったきっかけは、アルビレックス新潟ユース(現U-18)のときの監督(片渕浩一郎 氏、現サガン鳥栖ヘッドコーチ)が本が好きで、スタッフルームにたくさんの本が置いてあったことにあります。その中から一冊ずつ借りて読むようになりました。サッカー関係の本がほとんどだったんですけど、その中には、書いた人たちの心の在り方みたいなことが書いてあって、こういう想いは大切にしていきたいな、こういう考え方は人として大事なことなんだな、という部分を高校生ながらに感じました。僕は教育者になりたいという想いから筑波大学に進学したのですが、もしかしたらこの頃に読んだ本が気づかないうちに影響しているのかもしれません。
いろんな人の経験や想いが詰まっているのが、本の面白さだと思います。何かの方法を書いた本や、誰かの人生を書いた本でも、著者が実際に感じて、人生を通じて得てきたものがものすごく濃縮されている。本を読むことで、いろいろな人の考えに触れられることにより、自分自身をもう一度奮い立たせたり、別の考え方をもっていろいろなものを俯瞰して見たりすることができる。そういう意味では、闘病中のように自分自身に意識を向けてしまいがちな状況においては、読書は視点の変化を生むことができると思います。自分自身の心を安定させることができたと思いますし、またそこからもうひと踏ん張りというか、治療においても何か立ち向かって行く過程になったのかなと思っています。
もしも選んだ本を読んでいて自分にうまく入ってこなかったら、すぐそこで読むのをやめてしまいます。いろいろな本を手に取りながら、その時その時で自分に入ってくるものを選ぶのが一番いいのかなと思います。その時の精神的な状態もありますし、今の自分を大切にしながら本を選んで、自分に入ってくるものを受け入れて、何かを感じ取ることができればと思って、読書を続けています。
早川史哉さんの本棚から2冊をピックアップ!
『本日は、お日柄もよく』
原田マハ
徳間文庫/徳間書店
迷っている人の背中を押してあげられるような小説であってほしいと著者が語る、スピーチライターにスポットを当てて描かれた小説。
『水滸伝』1巻から19巻
北方謙三著 集英社
中国版『水滸伝』を徹底的に解体し、最初から作り直したと、解説の中で北上次郎氏が記している、北方謙三による長編歴史小説。第9回司馬遼太郎賞受賞。
早川史哉 はやかわふみや
サッカーJ2リーグ アルビレックス新潟28番ディフェンダー。小学生のときからサッカーチームに所属し、中学生からはアルビレックス新潟の育成組織に加わる。筑波大学卒業後、2016年アルビレックス新潟に加入。同年4月に急性白血病と診断される。2016年11月に骨髄移植を行い、2017年12月から選手復帰へ向けてリハビリを本格化。2019年10月公式戦に復帰。
「がん&」編集部から早川史哉さんの著作本をご紹介
『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』
早川史哉著 徳間書店
白血病の発症からJリーグのピッチに戻るまでの3年7カ月の間に、著者が体験し、感じたことを綴った本。「苦しかったので蓋をしていたことも思い出しながら、誠実に言葉にしていきました。何かを始める一歩になるような本になっていれば嬉しいです」(早川史哉さん)
『生きる、夢をかなえる 僕は白血病になったJリーガー』
早川史哉 大中祐二 共著 ベースボール・マガジン社
アルビレックス新潟を12年にわたり取材してきたライター大中祐二氏が、取材構成。本人の言葉だけでなく、周囲の人たちからのエールも交えながら、早川選手の発病から今までを伝える本。
取材日:2021年10月27日
編集・取材・執筆:早川景子
イラスト:宇田川一美
掲載:2021年12月1日