がん患者さんとご家族とともに歩む人たち
がんについて、ともに考え、歩んでいる方々をご紹介します
希少がん治療の選択肢を増やし、
だれもがアクセスしやすい環境を整えていきたい
今回のともに歩む人
神尾良輔 (写真左)
ノバルティス ファーマ株式会社
イノベーティブメディスン インターナショナル ジャパン
メディカル・アフェアーズ本部
サイエンティフィック コミュニケーションズ 第1グループ
記村貴之 (写真右)
ノバルティス ファーマ株式会社
イノベーティブメディスン インターナショナル ジャパン
メディカル・アフェアーズ本部
固形腫瘍メディカルフランチャイズ部
-2019年10月、がん遺伝子パネル検査後の新たな治療選択肢を増やす臨床研究の実施が、国立研究開発法人国立がん研究センターより発表されました1。この臨床研究にお二人が関わっていらっしゃるそうですね。
神尾良輔(以下 神尾)
はい、最初に国立がん研究センターの大きな構想をお聞きすることから始まりました。
がん遺伝子パネル検査が技術的にできるようになって、でも患者さんが検査を受けて遺伝子異常がわかったとしても、その治療に適している可能性がある薬が、国内で未承認・適応外であることからアクセスできないといった問題が生じることがあります。自分の治療に適している可能性があるとわかった薬にアクセスできないのは、すごくショックだと思うんです。そこに対してなんとか協力できないか、という話が国立がん研究センターからあり、弊社も実現へ向けて足並みを揃えていきました。
具体的には、困難な病気と闘う患者さんたちの思いに応えるために作られた制度「患者申出療養制度2」のもと、既承認薬を適応外使用し、その治療効果を検討する臨床研究を行うことを目指しました。
弊社は早期よりこの臨床研究に賛同し、研究に使用される薬の無償提供を実現させるために、社内調整を進めていきました。
私は様々な部署のドアを叩きました。例えば、開発やメディカル以外の部署である薬剤の製造や物流センターの人などを含め、課題解決のヒントを知ってそうだなという人に片っ端から電話をして相談しました。
効果が期待できる可能性のある薬剤を対象となる患者さんに届けることは、製薬会社の社員として共通の理念なので、背景を説明すると「うちの部署でできることあったらぜひ協力したい」「過去にこういう事例がありましたよ」と、とっても前向きな返事をどの部署の人からももらいました。
社内調整を経て臨床研究が始まり、実際に一人目の患者さんに無事に薬が届いたと聞いたときには、心の底からやった!と思いました。
1.国立研究開発法人国立がん研究センター『がん遺伝子パネル検査後の新たな治療選択肢 適応外使用を患者申出療養制度のもと多施設共同研究として実施』https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2019/1002_2/index.html(参照:2022-7-11)
2.厚生労働省「患者申出療養制度」https://www.mhlw.go.jp/moushideryouyou/(参照:2022-7-11)
-「患者申出療養」という制度のもと、ということですが、これはいつ頃にできた制度なのでしょうか。
記村貴之 (以下 記村)
2016年4月にスタートした制度です。厚生労働省のホームページには「未承認薬等を迅速に保険外併用療養として使用したいという困難な病気と闘う患者さんの思いに応えるため、患者さんからの申出を起点とし、安全性・有効性等を確認しつつ、できる限り身近な医療機関で受けられるようにする制度」と記されています。
具体的には、患者さんからの申し出に始まり、主治医と相談し、計画書を作成して、国での検討を経て、治療の実施となります。
私は、2019年にノバルティス ファーマに入社し、今回の臨床研究にはスタート直後から関わっているのですが、それまでは臨床医をしており、患者申出療養制度については、聞いたことはあったのですが、あまり深く関わったことはありませんでした。今回、この臨床研究の担当になったことで、治療選択肢がない目の前の患者さんに対して薬剤のアクセスを提供できるっていう患者申出療養制度の仕組みは、すごく素晴らしいなと思いました。
神尾
そうですよね。実施されることで、患者さんにとっては治療の選択肢が増えます。また、今回は経済的な負担に対しても弊社としてはアプローチし、関係者のご協力を得て、薬剤の無償提供についても実現することができました。
臨床研究の準備をはじめてから、多くの関係者の患者さんの治療環境に対する熱い想いを感じ取りました。自分の中で、多くの人のこの想いを「HOPE」という言葉に置き換え、関係者との話の中でも合言葉のように使うようになりました。臨床試験が実施されてからは、患者会や医師の皆さんから「これは希望です」「先陣を切ってくれてありがとう」という声もあり、涙があふれることもありました。「HOPE」を胸に一心不乱にいろいろな調整を進めてきたのは、間違っていなかったなと思いました。
-お二人が、現在の仕事に打ち込むきっかけになったことはありますか?
神尾
私は、ノバルティス ファーマに入社して7年くらいになりますが、前職の製薬会社でもオンコロジーに関わっており、ずっと希少がんの担当をしていて、それが自分の仕事の中でもモチベーションになっています。
前職での業務だったのですが、印象深かった希少がんは、軟部肉腫という非常に稀な疾患です。この軟部肉腫という疾患は、希少すぎてデータをとるのが難しく、どういう治療がスタンダードなのかという研究もなかなか難しいとされていましたが、新しい分子標的治療薬の適用を取得することができたことで、医師の皆さんからは「大変画期的なことだ」と言っていただきました。そもそも臨床試験に当てはめるのが難しかったところを新しい薬剤を出してくれてとてもよかったというお話をいただいて、それはとても嬉しかったです。
ノバルティス ファーマに入社してからはMSL(メディカル・サイエンス・リエゾン)に所属し、希少がん担当となり、全国を回って希少がんに詳しい医師の皆さんとコミュニケーションをとる機会に恵まれました。希少がんの患者さん一人一人の困りごとをお聞きし、それをどのように解決していくか、医師やワーキンググループでの協議を通して、思いや取り組みを身近に感じられるようになりました。
だからこそ、この希少がんという領域に貢献していきたいとずっと思っていて、それはノバルティスに来てからより強く感じるようになりました。
その意味では、今回、患者申出療養制度を使って臨床研究を行えたことは、自分の仕事をする意味とすごく近くて、とってもいい仕事だったと思います。
記村
私は、臨床医のとき、主に皮膚がんの患者さんを診察することが多かったのですが、当時は治療選択肢として使える薬剤はすごく限られていて、多くの患者さんが治療してもあまり効かないっていう状況だったんです。そういう中で特に印象的だったのが、悪性度の高い皮膚がんに罹患されたある看護師さんでした。「私のデータをどんどん使って、いい治療を開発してください」とおっしゃって。自分の治療がうまくいくかわからない状況だったのに、自分のデータをどんどん使って医療の発展に役立ててほしいとおっしゃっていました。でも、そのときにできる治療は限られてしまっていました。
そのようなことがあってから、治療が確立されていない疾患に対して、よりよい治療、新しい治療を患者さんに提供できるような仕事に関わりたい、と思うようになり、臨床医から製薬企業の職員へと自分のキャリアを変えていきました。
-お二人が大切にしているお手紙があるとお聞きしています。
神尾
ちょうど、この臨床研究の準備が進んでいるときでした。若くして希少がんと診断された患者さんのご家族からのお手紙が、弊社の社長宛に届きました。
がん遺伝子パネル検査の結果、変異が見つかり、その変異に対する治療は日本では承認されていないけれど、治療に使われる薬剤を弊社がもっていることを知ったので、どうにかアクセスできないか、という内容でした。病気になって原因も見つかったけれど治療法がほとんどなくて、家族としてはそれを受け入れることができないという想いや、今、治療をしている方にはどんな人生があって、どんな仕事をしていて、どんなことが好きで、というその方の物語が記してありました。
このお手紙を読んだとき、私はしばらく動くことができませんでした。今、私たちがやろうとしていることは、こういう患者さんのためのものなのだと思うと、私には大きな衝撃でした。
記村
「こんなに若いのになんで……治療法もなくなってしまうなんてありえない」というようなご家族の想いが書かれてあって。確立された治療のないがんなので、多分、いろいろとお調べになったのではないかと思います。患者さんのためにできることはないのかと必死で探されて、弊社の薬に行き当たって、お手紙をいただいたという経緯があったのではないかと思います。このようなご家族の強い気持ちがあって、それが患者さんの治療につながっていくのだということを、あらためて感じたお手紙でした。
神尾
医薬品の特性上、私たちから薬をお渡しすることは難しいことや、できる限りの情報をお伝えするようなお返事を書きました。そして、2通目のお手紙が届き、3通目のお手紙には患者さんがお亡くなりになったことが記されていました。
今回の臨床研究を実現させるためにはスピードも大事と思い、急ぎましたが、契約締結までに必要な時間もあり、この患者さんには残念ながら間に合いませんでした。間に合ったらすごくよかったのですが……いただいた手紙は無くさないように、今回の臨床試験の契約書の原本保管と同じところに入れて大切に保管しています。
-今回の臨床研究はこれからどのように進んでいくのでしょうか。
記村
臨床研究の目的は二つあります。一つは、患者申出療養制度の仕組みを使って、治療選択肢がない患者さんに薬剤を届ける、目の前の患者さんを助けるということ。もう一つは、今回使用する薬剤を将来保険診療で使えるようにするために、患者さんのデータを集め、活用するということです。
今までは患者申出療養制度を活用する患者さんの数が少なかったため、保険診療につなげるためのデータ活用は難しかったようですが、今回は、国立がん研究センターをはじめ複数の施設が一つの枠組みの中で、より多くの患者さんに薬を投与することができるため、そこで得られた情報……たとえば、こういうふうに効きましたよ、こういう安全性の問題はありましたよ、というような情報を得ることにより、将来保険診療の中で患者さんに薬剤を使ってもらえるために、データの活用が実現できるかもしれないと思っています。
もちろん、データを集めたり解析したりというところは、国立がん研究センターの医師の皆さんを中心にしてくださることになりますが、「今使えないれけど、この薬はこういう病気に使えるかもしれない」ということがわかったときは、国から承認をもらう手続きは製薬会社が行うことになります。
医師や患者さんが患者申出療養制度にかける期待というのは、すごく大きいのではないかと思います。
実際に、国立がん研究センターの臨床研究に続いて、ある施設から小児の脳腫瘍の患者さんに対して、患者申出療養制度のもと弊社の薬剤を使用できないかというリクエストをいただきました。この薬の小児剤型は国内にないものですから、国内外の関係者の協力を得て輸入のための仕組みの整備を行い、薬を患者さんに届けることができました。
薬の適用を拡大していく、新しい病気にも使えるようにしていく、新しい治療の選択肢を増やしていくことを、これからも病院・クリニックと製薬会社が一緒になって行っていく流れができるといいなと思っています。
-今回の神尾さん、記村さんへのインタビューをお読みになり、患者申出療養制度を活用した薬剤提供のこれからをご担当される金子さんは、どのような感想をもたれましたか?
金子
「患者さんを救いたい」というシンプルであると同時に難解な問題に対し、同じ想いを持ったメンバーと働いていることを素直にうれしく思いました。私が着任したときには、すでに薬剤提供も始まっていましたので、立ち上げの苦労を共にしていないのですが、文章では淡々と描かれていた部分も、想像のできない苦労や努力があったのではないかと思います。これらを乗り越え、今では多くの患者さんに薬剤提供ができていることと、これを成し遂げたメンバーを誇りに思います。
本制度を活用した薬剤提供が本格化し1年以上経過した現在でも、医師の皆さんからのリクエストを断続的に受けており、その必要性や社会的意義などを日々実感しています。科学技術の進歩に伴い、患者さんごとのゲノム情報は簡便に確認できるようになり、今後もゲノム情報をベースとした治療の個別化がより一層進むことが予想されます。個別化治療自体は歓迎されることですが、一方で製薬会社が細分化された治療に対し承認を得るためには、治験の数や難易度が増加してしまうことは避けられません。本制度を継続していくことで、必要とする患者さんに薬剤をお届けするとともに、得られた患者さんのデータを活用し、将来的には保険診療でできるだけ早く薬剤が適切に使われるような道筋を模索したいと考えています。
金子岳海
ノバルティス ファーマ株式会社
イノベーティブメディスン インターナショナル ジャパン
メディカル・アフェアーズ本部
固形腫瘍メディカルフランチャイズ部 部長
取材日:2022年6月27日
編集・取材・執筆:早川景子
撮影:長谷川梓
※撮影時のみマスクを外しています。