がんについて、ともに考え、歩んでいる方々をご紹介します
人は一人では生きていけないから
患者さんやご家族の不安に寄り添い、
支えの一つになりたい
今回のともに歩む人
公益財団法人日本対がん協会
相談支援室 マネジャー
社会福祉士
北見知美さん
電話相談には、がんにまつわる
さまざまな相談が寄せられる
「本気で心配してくれるあなたの気持ちがうれしい」
電話口からの一言が相談員になるきっかけに
私が、「がん相談ホットライン」に勤務することになったのは、前の職場である病院に勤務していたときに出会ったある患者さんがきっかけです。60代後半のその女性は、治療が難しくなったことから地元の緩和ケアを行っている病院に転院してはどうかと担当医に提案され、転院についてより詳しい説明を受けるために、私が所属していた病院の相談室に来られました。
初めてお会いしたときは、ご自身からお話しされることはほとんどなく、緩和ケアについても否定的な反応はありませんでした。しかしその後、フォローの電話をすると、「絶対に緩和ケアの病院には行かない」とおっしゃって、かたくなに受診を拒否されたのです。病状は心配でしたが、ご本人が受け入れられないのに無理に緩和ケアの話をするのはあまりよいことではないと思い、「受け入れがたい気持ちをわかりたい。ご本人が考えられる気持ちになるまで根気よく待とう」という姿勢で、しばらくは電話でのやり取りを続けました。これまでどんな生活をしてこられたのか、どんなことを大切にされているのか……この方を知りたいと思いながら対話を重ね、ときには「今日は何を食べたんですか」といった何気ない会話の中で体調の変化にも気づけるようにしていました。「何度お電話をいただいても私の気持ちは変わりません」とその方はおっしゃっていたのですが、あるとき、「あなたが今、どんな顔で、どんな姿勢でお話ししているのか、電話でもよくわかります。目の前にいるみたいにわかります。あなたが本気で私を心配してくれているのがよくわかります。その気持ちがとってもうれしいです」と、声を震わせながらおっしゃってくださったのです。そのとき、電話であっても相手と真剣に向き合えばこうして気持ちが伝わるんだ、ということを実感しました。電話だからこそ本音が言えることもあるでしょうし、いろんな可能性があるのではと思った出来事でした。電話でのやりとりが1ヶ月くらい続いたころ、その方の体調が悪くなってきたこともあり、とりあえず一度、緩和ケアを行っている病院に見学に行ってみましょうということになったのですが、そこで出会った担当の医師がとってもいい先生だったようで、そのまま継続してその病院にかかることになりました。
気持ちに寄り添いながら常に「なぜ」という視点をもち、
本当に相談したいことを見つけていく
「がん相談ホットライン」には、さまざまな相談が毎日寄せられます。どの相談にも共通しているのは「不安」が存在することです。
具体的には、「がんの治療」「症状・副作用・後遺症」「不安・精神的苦痛」の3つが、開設当初から常に統計結果の上位を占めています。
たとえば、この中で、「がんの治療」に関する相談というと、相談者は治療方法のことばかり質問するのではないかと思われるかもしれません。確かに、「この治療のことを知りたい」と質問される方は多くいらっしゃいます。でも、どうしてそれを知りたいのかというところをていねいにお聞きしていくと、「実はその治療について医師からよく説明がされていない」という不満やよくわからないために不安が出てくることがあります。また、「医師から懇切丁寧に説明があり、再発のリスクがAの治療は何%、Bの治療は何%ということも教えてもらった。最後に医師からは、どちらかに決めてきてくださいと言われたけれど、どうしていいかわからない」という悩みを打ち明けられることもあります。つまり、相談の裏側には本当に相談したいことが隠れていることがあって、そこには「不安」が必ずといっていいほど存在しています。だからこそ、相談員は相談者の言葉に耳を傾け、その中でその方の気持ちに寄り添いながら信頼関係を築いていくことを大切にし、また、常に「なぜ」という視点をもつようにしています。なぜこの方はこの質問をするのだろう、なぜこれを知りたいのだろう、なぜホットラインに電話をかけてこられたのだろう、と。その方が本当に伝えたいことは、会話の最初から出てくるわけではありませんから。
治療選択のための支援は、
その方が具体的に行動できることを提示しながら進める
以前に比べると医師は患者さんによりていねいに治療について説明をしてくれる傾向にありますし、インターネットなどを通じて欲しい医療情報を手軽に集めることができるようになりました。その分、患者さんからは、それらの情報をどう受け止めて、それをどうやって選択していったらいいのかわからない、という相談が増えています。こうした相談を通して、治療やこれからのことを選択・決定していく場面の支援が圧倒的に不足していると感じています。私たち相談員は、その方自身が、自分にとって最善の方法を選んでいけるように、情報の選び方やその方が得た情報をどう解釈するかを相談者と一緒に整理して、その方の価値観や生活、生き方にとってよりよい方法を一緒に考えるように努めています。
たとえば、治療に関して不安があり決められないという相談に対しては、不安な気持ちを受け止めたうえで、「その不安を解消するために、主治医にこんな質問をしてみてはいかがでしょうか」と具体的な質問内容や言い方の例を挙げてとお伝えすることもあります。また、この治療をするとこんな副作用が出て生活に支障が出るかもしれないから嫌なんですという悩みに対しては、こちらでわかる範囲で「こういう副作用のときはこんな対処法があります」ということをお伝えすることもあります。相談の内容に応じて、「そういう相談なら病院の看護師も聞いてくれるはずだから、こんな風に聞いてみるといいと思います」と、主治医以外の医療者を上手に頼っていくことを提案することもあります。そうとはいえ、なかなか実際に行動にすることは難しいものです。相談された方が具体的に行動できるようなことを提示しながらお話をしていくことを大切にしています。
新型コロナウイルスの感染拡大は
がん患者さんの孤独を一層深めた
2020年、国内で初めて新型コロナウイルスの陽性者が確認されてからは、感染や重症化することへの不安を訴える相談が増えました。「感染しないためにはどうしたらいいのか」「今、病院に行ったら感染してしまうのではないか」「がんの治療は今、やめたほうがいいのか」といった相談内容です。
きちんとした感染対策がわかってきてからは、そのような相談は減ってきました。しかし、人と会う機会が減り、他の患者さんや医療者とも関わることがとても少なくなってしまったことにより、それでなくても孤独を感じやすいがん患者さんたちが、より一層孤独を感じている様子を電話の声から感じとることが増えました。ご家族からは、入院した家族に面会できないことへのつらさや焦燥感が伝わってきました。葬儀にも立ち会えなかったという悲痛な声もありました。今年5月頃からは、ワクチンに関する質問が増え、「ワクチンを打つことでがんが悪くならないのか」といったような質問を受けることも多々あります。
電話相談を通じて、
患者さんやご家族の力になりたい
患者さんやご家族に伝えたいことがあります。
「がんになると多くの方が不安や落ち着込みを経験します。そうした状態で戸惑ったり、悩んだりせずに、治療や生活に関わることについて、どんどん決めていける人はなかなかいないと思います。どうしたらいいのかわからない、誰かに話を聞いて欲しいと思ったときは、『がん相談ホットライン』をぜひ利用してください。私たちはいつでも、電話をかけてきてくださった方と一緒に考えたいと思っています。皆さんの周りには「あなたの力になりたい」、そう思ってくれる人がたくさんいるはずです。『がん相談ホットライン』もその一つです。不安になったときには一人で何とかしようと思わずに、ぜひ、そうした力になってくれる人を頼ってください。人は一人では生きていけません。私たちは、患者さん、そしてご家族のつらい気持ちが少しでもやわらぐように何ができるかということを常に考えながら、患者さんや、ご家族の力になりたいと心から思っています」。
「がん&」編集部からお役立ち情報をご紹介
「がん相談ホットライン」は公益財団法人日本対がん協会運営の無料電話相談です。
どなたでもご利用いただけます。
がん相談ホットライン(無料電話相談)
Tel:03-3541-7830
・予約不要
・毎日(祝日・年末年始を除く)午前10時〜午後1時、午後3時〜6時
※新型コロナウイルスのため時間を短縮しています。変更になる場合がありますので、日本対がん協会ホームページでご確認ください。
・相談は匿名で構いません。相談内容の秘密は厳守します。相談時間は原則20分になります。
協力:公益財団法人日本対がん協会
URL:https://www.jcancer.jp/
取材日:2021年10月30日
編集・取材・執筆:早川景子
イラスト:宇田川一美
撮影:長谷川梓
掲載:2021年12月1日
※撮影時のみマスクを外しています。